「さっき話したばかりなのに、また同じことを聞かれる…」
「物の置き忘れが増え、探し物ばかりしている。以前はあんなことなかったのに…」
日に日に増えていく、大切な親の小さな変化。カレンダーに印をつけた約束を忘れたり、会話がどこか噛み合わなくなったり。そんな瞬間に直面するたび、あなたの心には「もしかして、認知症の始まり…?」という重く冷たい不安がよぎるのではないでしょうか。誰にも相談できず、インターネットで「認知症 初期症状」「親の物忘れ 対策」と検索しては、暗い気持ちでページを閉じる。そんな夜を過ごしているのは、決してあなた一人ではありません。
この記事では、そんな出口の見えないトンネルの中にいるような気持ちを抱えるあなたのために、認知症への正しい理解を深め、不安の正体を明らかにすると共に、近年、科学的な研究も進む「耳介療法」というアプローチをご紹介します。
「もう年だから仕方ない」と諦める前に。一人で悩み、心をすり減らしてしまう前に。この記事を読み終える頃には、あなたの心に「私にも、できることがあるかもしれない」という、温かい光が灯ることを心より願っております。
この記事の目次
それは”年のせい”? それとも”サイン”? 家族だから気づける変化の境界線
親の物忘れに直面したとき、私たちが最初にぶつかる壁が「これは単なる加齢による自然な物忘れなのか、それとも認知症の始まりを示すサインなのか」という見極めの難しさです。
「加齢による物忘れ」と「認知症による物忘れ」の決定的な違い
まず、知っておいてほしいのは、この二つには質的な違いがあるということです。
• 加齢による物忘れ:体験の一部を忘れるのが特徴です。「昨日の夕食、何を食べたっけ? ああ、そうだ、お刺身だった」というように、ヒントがあれば思い出すことができます。また、「物忘れをしている」という自覚があるため、メモを取るなどの工夫をします。日常生活に大きな支障はありません。
• 認知症による物忘れ:体験のすべてをごっそり忘れてしまうのが特徴です。例えば、「夕食を食べたこと自体」を忘れてしまい、「まだご飯は?」と要求することがあります。体験そのものが抜け落ちているため、ヒントを与えても思い出すことができず、「物忘れをしている」という自覚も乏しくなります。これが進行すると、日常生活に様々な支障が出てきます。
この違いを冷静に見極めることが、最初の重要な一歩です。そして、もし後者の特徴に当てはまることが多いと感じたら、それは「年のせい」と片付けてはいけない、大切な”サイン”なのです。
なぜ、人は「昔」に戻っていくのか? 脳の中で起きていること
では、なぜこのような変化が起きるのでしょうか。私たちの脳は、年齢とともに神経細胞の働きが少しずつ低下し、脳内の血流も減少する傾向にあります。特に影響を受けやすいのが、記憶を司る「海馬」や、思考・判断・計画といった高度な精神活動を担う「前頭葉」です。
これらの機能が低下すると、「新しいことを覚えられない」「段取りよく物事を進められない」「感情のコントロールが難しくなる」といった変化が現れます。まるで、脳が最新の記憶から少しずつ消去していき、より昔の、感情と強く結びついた記憶が鮮明に残るような状態です。だからこそ、昔の話を何度も繰り返したり、まるで子供に戻ったかのように感情的になったりすることがあるのです。
しかし、ここで絶望する必要はありません。近年の研究では、脳の神経には「可塑性(かそせい)」、つまり、いくつになっても変化し、回復・再生する力が残っていることがわかっています。適切な刺激を継続的に与えることで、脳の血流を促し、神経細胞の働きを活性化させ、認知機能の維持や改善が期待できるのです。
その「適切な刺激」を与えるための、驚くほど身近で、そして強力なツールが、私たちの「耳」に隠されています。
なぜ「耳」が心と脳の鍵となるのか?科学が解き明かす耳介療法の可能性

「耳を揉むと健康に良い」と、一度は聞いたことがあるかもしれません。しかし、それがなぜなのか、具体的な理由をご存知でしょうか。耳へのアプローチは、単なる気休めのマッサージではなく、脳科学や神経科学の観点からも、その有効性が注目されている、根拠のあるケア方法なのです。
耳は「全身の縮図」WHOも認めるリフレクソロジーの応用
耳介(耳のひら)には、全身の臓器や器官に対応する「反射区(ツボ)」が、まるで逆さまになった胎児のように、200以上も密集しています。これは足裏のリフレクソロジーと同じ考え方で、WHO(世界保健機関)もその有効性を認め、耳の反射区の標準部位を定めているほどです。
そして、認知機能に深く関わる脳の重要な部位――記憶の司令塔である「海馬」、感情を司る「扁桃体」、理性や判断を担う「前頭前野」、そして自律神経やホルモンバランスを調整する「視床下部」――に対応する反射区も、すべてこの小さな耳に存在します。つまり、耳に的確な刺激を与えることは、これらの脳の各部位に間接的に、しかしダイレクトに働きかけることに繋がるのです。
科学的根拠①:迷走神経へのアプローチが脳を活性化させる
さらに近年、特に注目されているのが「迷走神経」との関係です。迷走神経は、脳から内臓の隅々まで伸びる非常に重要な神経で、心身をリラックスさせる副交感神経の働きに深く関わっています。そして、この迷走神経が、皮膚の表面近く、私たちの指が届く範囲に分布している数少ない場所の一つが「耳の穴の周辺」なのです。
新潟医療福祉大学および新潟大学脳研究所などの研究機関では、耳にある迷走神経を電気で刺激する「経皮的耳介迷走神経刺激(taVNS)」によって、記憶力が向上したという研究結果(2025年 国際誌掲載)や、薬剤抵抗性てんかん患者の発作頻度が34.2%減少したという臨床試験の報告があります。これは、耳への刺激が迷走神経を介して脳に伝わり、脳内の神経伝達物質のバランスを整えたり、脳の血流を促進したりすることを示唆しています。電気を使わなくても、指や専用のツールでこの周辺を優しく刺激するだけで、同様の恩恵が期待できると考えられています。
科学的根拠②:海外でも進む、認知症ケアとしての耳介療法研究
耳介療法と認知症の関係は、日本だけでなく海外でも活発に研究されています。アメリカのテキサス大学サンアントニオ校では、ビアンカ・シュー博士が、認知症患者の慢性疼痛を緩和するための耳介指圧の研究を進めており、2025年には介護者向けのトレーニングプログラムを含む臨床試験を開始しています。この研究は、薬に頼らない痛み管理の方法として、家族でも実践できる耳介療法の可能性を示しています。
科学的根拠③:「触れる」こと自体がもたらす、癒やしのホルモン
もう一つ、忘れてはならないのが「触れる」という行為そのものが持つ力です。家族の温かい手で耳に触れ、優しくマッサージをすることで、脳内では「オキシトシン」というホルモンの分泌が促されます。オキシトシンは「愛情ホルモン」「癒やしホルモン」とも呼ばれ、ストレスを和らげ、不安を軽減し、他者への信頼感を高める効果があります。
認知機能の低下は、ご本人に大きな不安と孤独感をもたらします。そんなとき、家族からの優しいスキンシップは、何よりの安心材料となります。耳への刺激という物理的なアプローチと、愛情のこもったスキンシップという心理的なアプローチ。この二つが組み合わさることで、耳介療法は、単なる施術を超えた、心と脳を同時に癒やす深いコミュニケーションツールとなるのです。
「もう、どうしたら…」と悩む前に。今日から始められる、やさしい耳からのアプローチ
耳介療法の素晴らしいところは、特別な道具や場所がなくても、正しい知識さえあれば、今日からすぐに家庭で実践できる点にあります。ここでは、特に親御さんの「気になる変化」に対応する、代表的な耳のポイント(反射区)と、具体的なケアの方法をご紹介します。
認知症を緩和させる3つの重要な耳つぼの位置
まずは、この3つのツボを覚えて、優しく刺激することから始めてみましょう。

• 神門(しんもん)のツボ:精神的な安定と安心感をもたらす、最も重要なポイントの一つです。耳の上部のY字軟骨のくぼみの間にあります。不安やイライラ、混乱が見られるときに、ここを優しく押してあげることで、スーッと心が落ち着くのを助けます。
• 海馬のツボ:記憶や学習能力に深く関わるポイントです。「さっき言ったことを忘れる」「同じ話を何度も繰り返す」といった変化が気になるときに、このポイントへの刺激が役立ちます。
• 前頭葉のツボ:思考力や判断力、計画性をサポートします。「料理の段取りが悪くなった」「物事の理解力が落ちたかも」と感じたときに、ここの働きを促すことで、頭がスッキリするのを助けます。
(※これらのポイントの正確な位置は、専門の講座などで詳しく学ぶことができます)
家族だからできる、愛情を伝えるケアの方法
ケアを行う上で最も大切なのは、「愛情と敬意」です。施術として機械的に行うのではなく、コミュニケーションの一環として、楽しみながら行いましょう。
• タイミング:親御さんがリラックスしている食後や、テレビを見ている時間などがおすすめです。「ちょっと耳、触らせてね」と優しく声をかけましょう。
• 強さ:綿棒の先や、ご自身の指の腹を使って、「痛い」ではなく「気持ちいい」と感じる程度の優しい圧で、1つのポイントを5秒ほど、数回繰り返します。
• コミュニケーション:ケアをしながら、「今日はいい天気だね」「このテレビ面白いね」など、たわいもない会話を楽しみましょう。沈黙が気まずいなら、好きな音楽をかけるのも良い方法です。肌と肌が触れ合うことで、言葉以上の安心感が伝わります。
• 耳全体のケア:耳ツボ刺激だけでなく、耳全体を優しく引っ張ったり、揉みほぐしたり、温めたりするのも非常に効果的です。耳全体の血行が良くなることで、顔色もパッと明るくなります。
この「耳に触れる時間」を増やすことで、それは親御さんにとって「脳へのやさしい刺激」となり、あなたにとっては「親の小さな変化に気づける大切な観察の時間」となります。そして何より、親子の絆を深める、かけがえのない時間となるはずです。
確かな知識と技術で、家族を癒やす「ホームセラピスト」に
ご家庭でのセルフケアも有効ですが、「より確実なケアをしたい」「自分のやっていることが正しいか不安」と感じる方もいらっしゃるでしょう。自己流のケアは、ポイントがずれていたり、力が強すぎたりして、十分な効果が得られない可能性もあります。
より深く学びたい方のために、フランス式耳介療法の創始者ポール・ノジェ博士の理論に基づいた、本格的な技術を習得できる専門講座も存在します。そうした講座では、解剖学や生理学に基づいた理論を体系的に学ぶだけでなく、プロ仕様のツールを使った実践的な技術を身につけることができます。
例えば、以下のような専門ツールを用いることで、ケアの質を飛躍的に向上させることが可能です。
•ツボ探索機:耳の微細な電気抵抗の変化を測定し、不調のあるツボを科学的に特定します。「どこに不調があるのか」が一目瞭然となり、的確なアプローチが可能になります。ご家族自身も気づいていない体の不調を早期に発見できることもあります。
• 専用マッサージ棒:耳の複雑な形状と繊細な反射区に最適化されたツールです。指や綿棒では届きにくいポイントにも、適切な圧力と角度で、安全かつ効果的に刺激を与えることができます。
こうした専門知識と技術を身につけることは、単に施術が上手くなるということだけではありません。それは、あなた自身が「家族のホームセラピスト」になるための自己投資であり、自信を持ってケアにあたるための心の支えとなります。また、同じ悩みや志を持つ仲間と出会い、支え合えるコミュニティは、一人で抱え込みがちな介護の悩みを和らげ、大きな力となるでしょう。
おわりに:あなたのその手が、最高の”癒し”になる
大切な親が、少しずつ変わっていく姿を目の当たりにすることは、誰にとっても辛く、胸が締め付けられる思いがするものです。しかし、その変化にいち早く気づけるのは、他の誰でもない、そばにいるあなたです。そして、その気づきを、「どうしよう」という不安で終わらせるのではなく、「私にできることがある」という希望に変えるための鍵が、あなたの手の中にあります。
耳介療法は、魔法ではありません。しかし、科学的な根拠に裏打ちされた、理にかなったアプローチです。そして何より、家族の温かい手が触れることで、その効果は何倍にも増幅されます。親の耳に触れる時間は、脳への刺激だけでなく、心と心をつなぐ、言葉を超えたコミュニケーションの時間です。
確かな知識と技術を身につけたあなたの手は、親御さんにとって、何よりも信頼できる「癒やしの手」となるでしょう。
「楽になったよ」「ありがとう」その一言が、あなたのこれまでの不安を、大きな喜びに変えてくれる日が来るかもしれません。
もし今、あなたが「もっと詳しく知りたい」「自分にもできるか試してみたい」と感じてくださったなら、専門講座の説明会などに参加してみるのも一つの方法です。あなたの疑問や不安に、専門家が一つひとつ丁寧に答えてくれるはずです。あなたのその一歩が、ご家族の未来、そしてあなた自身の未来を、より明るく、穏やかなものに変えるきっかけとなることを、心から願っています。
《監修者》この記事を書いた人
田中 幸恵
一般社団法人ジャパンセラピスト検定機構代表理事
耳介療法士・心理カウンセラー・夫婦カウンセラー
国際耳介療法学会会員
耳つぼの講師
カウンセリング歴30年。
2014年に耳介療法の元祖Dr.ポール・ノジェの子息であるDr.ラファイエル・ノジェ(現在国際耳介療法学会 CEO)より直々に耳介療法を学ぶ。耳の不思議さと奥深さに魅せられ、もっと多くの方に広めたいという想いから、今まで学んでいた中国式耳つぼ療法とフランス式耳つぼ療法を融合した独自メゾット「新フランス式オリキュロセラピー」を完成。
ご家族や大切な人の健康に貢献したい方、セラピストとしてさらに結果を出したい方に「耳つぼ療法」を通してミラクルを起こすお手伝いをしている。







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